急性腹症
急性腹症はこんな病気
急性腹症とは、突然に強い腹痛が生じ、緊急の治療や手術が必要となる可能性が高い状態を指す総称です。
一般的には発症からおおよそ1週間以内の急激な腹痛がこれに該当します。
急性腹症という言葉自体は病名ではなく、原因が特定されるまで症状を表す呼び方です。
急性腹症を引き起こす背景には様々な疾患がありますが、その多くはお腹の中の臓器の異常です。
ただし、後述するように心臓や肺の病気、全身の代謝異常など、お腹の臓器以外の問題が原因となって腹痛が起こる場合もあります。
いずれにせよ、急性腹症が疑われる状況では、命に関わる病気が隠れている可能性があるため、迅速な診断と対応が必要です。
近年では診断技術の進歩により、腹部エコーやCT検査などで原因疾患を速やかに特定できるケースが増えています。
その結果、医師は「急性腹症」として症状を捉えつつ、具体的な病名を早期に突き止めて治療を開始できるようになりました。
適切な検査と診断が早期に行われることで、重篤な合併症を予防し、患者さんの負担を減らすことにつながります。
急性腹症の症状
急性腹症の主な症状は、何よりも「急に発生した強い腹痛」です。
痛みの程度は非常に強く、多くの場合、我慢できないほどの激痛となります。
痛みが始まるきっかけや部位は原因によって様々で、例えば炎症や障害が生じている臓器の場所に応じて、お腹の上部・下部、右側・左側など痛む場所が異なることがあります。
また、病状によっては痛みが徐々に移動したり、広がったりするケースも見られます。
腹痛以外の症状としては、原因疾患に応じて発熱、吐き気や嘔吐、下痢などが現れることがよくあります。
腸閉塞の場合にはお腹が膨れて便やガスが出なくなる、胆石発作では背中や右肩に痛みが放散する、といった特徴的な症状を伴うこともあります。
重症のケースでは、冷や汗が出たり顔色が蒼白になる、脈拍が速く血圧が下がるといったショック症状を呈することもあり、非常に危険な状態です。
さらに、腹膜炎を起こしている場合には、お腹が板のように硬く張ることがあります。
これは腹部を守るために腹筋に力が入った状態で、軽く触れるだけでも激痛が走るのが特徴です。
このような強い痛みや異常があるときには、日常生活動作も困難となり、身動きが取れなくなることもあります。

主な症状のポイント
- 突然始まる激しい腹痛。しばしば持続し、時間とともに悪化する。
- 痛みの部位は原因により様々。局所の場合もあれば腹部全体に及ぶ場合もある。
- 発熱、吐き気・嘔吐、下痢など腹痛とともに現れる症状。
- お腹が硬く張る。腹膜炎が疑われる状態。
- 冷や汗、顔面蒼白、脈の乱れなどショックの兆候。
急性腹症の原因
急性腹症を引き起こす原因は非常に多岐にわたります。
お腹の中には消化管、肝臓、胆のう、膵臓、腎臓、生殖器など多くの臓器があり、それぞれに急性の病気が起きると急性腹症の症状を呈する可能性があります。
また、心臓や肺の病気、全身の代謝異常など、お腹以外の要因で強い腹痛が起こる場合もあります。
以下に主な原因の例を挙げます。
- 消化管の病気
胃や腸に穴が開く消化管穿孔(胃潰瘍や大腸憩室炎の穿孔など)、急性虫垂炎、腸閉塞など - 肝臓・胆のう・膵臓の病気
急性胆嚢炎、総胆管結石(胆管に結石が詰まる)、急性膵炎など - 腎臓・尿路の病気
腎結石・尿管結石、急性腎盂腎炎など - 血管の病気
腹部大動脈瘤破裂、腸間膜動脈閉塞症など
- 婦人科の病気
子宮外妊娠、卵巣茎捻転など - その他の原因
心筋梗塞や重度の肺炎など腹部以外の臓器の重篤な疾患、糖尿病の急激な悪化など全身性の病態によって、激しい腹痛が引き起こされることもあります。
急性腹症の治療法
急性腹症の治療法は、原因となる病気によって大きく異なります。
診断の結果、命に関わる緊急性の高い疾患が見つかった場合には、ただちに外科手術や緊急処置が行われます。
例えば、胃や腸に穴が開いた場合や腸が詰まってしまった場合、大量の出血を伴うケースでは、開腹手術や内視鏡による止血処置などで原因を取り除く治療が必要です。
また、子宮外妊娠による破裂や卵巣のねじれが起こった場合には、緊急手術によって出血を止め、正常な位置に戻す処置が行われます。
一方、緊急手術を必要としない場合や症状が比較的軽い場合には、薬による治療や点滴を行いながら経過を観察することもあります。
例えば、強い痛みがあっても炎症がそれほど広がっていない胆石発作のケースや、虫垂炎が軽度で炎症や膿が小さな範囲にとどまっている場合には、抗生物質や痛み止めの投与、点滴などの治療を行いながら様子を見て、症状が落ち着くのを待つこともあります。
症状が改善し、病状が安定した段階で必要に応じて計画的に手術を行う対応も取られます。
急性腹症の治療法は進歩しており、患者さんの負担を減らす工夫がなされています。
従来は開腹手術が中心でしたが、現在では小さな傷で済む「腹腔鏡手術」が広く行われており、特に虫垂炎や胆嚢炎の治療に活用されています。
腹腔鏡手術は体への負担が少なく、回復が早いという利点があります。
また、病状によっては手術をせずに治療する選択肢も増えており、例えば消化管の出血に対しては内視鏡を使った止血治療、動脈瘤に対してはカテーテルを使ったステント治療(血管の中に人工血管を入れる方法)など、より身体への負担が少ない方法が選ばれることもあります。
治療では、病気そのものへの対応だけでなく、全身状態を安定させることも重要です。
救急の現場では、点滴による水分や栄養補給、酸素投与、鎮痛剤の使用などが速やかに行われ、血圧や脈拍などを慎重に管理します。
これにより、患者さんの状態を安定させながら診断と治療を進めることができます。
適切な処置と全身管理を並行して行うことで、より安全に回復を目指すことが可能です。
早期発見のポイント
急性腹症は迅速な対処が求められる緊急状態ですが、そのためにはできるだけ早い段階で異常に気づき、医療機関を受診することが重要です。
早期発見のポイントとして、次のような点に注意しましょう。
- 普段感じたことのないような激しい腹痛が突然起きた場合は、様子を見ずにできるだけ早く医療機関を受診しましょう。
特に痛みが数時間経っても治まらない、または増強していく場合は、緊急性の高い疾患が隠れている可能性があります。 - 腹痛に加えて発熱、繰り返す嘔吐、胸や背中への放散痛、便に血が混じる・黒いタール状の便が出る、尿に血が混じるなどの症状がある場合は、重篤な疾患のサインであることが多いため、ためらわず受診してください。
- お腹全体が硬く張って板のようになる場合や、軽く触れるだけでも激痛が走る場合は、腹膜炎を起こしている可能性が高いです。
このような症状があるときは一刻を争いますので、直ちに救急車を呼ぶことも検討すべきです。 - 高齢者や小児では重症でも「痛い」と明確に訴えられなかったり、典型的な症状が出にくいことがあります。
そのため、周囲の家族が顔色や普段との様子の変化に気を配り、少しでも異変を感じたら早めに医療機関に連れて行きましょう。
なお、一時的に痛みが和らいだからといって安心せず、自分の判断で「たいしたことはないだろう」と決めつけて放置するのは非常に危険です。
急性腹症が疑われる場合には、早期に医療の専門家の判断を仰ぐよう心がけてください。
予防の基礎知識
急性腹症は様々な病気の総称であるため、「これをしておけば絶対に起こらない」という確実な予防法は残念ながらありません。
しかし、原因となりうる病気のリスクを下げることは可能です。
日頃から健康的な生活習慣を心がけ、基礎疾患を適切に管理することが大切です。
例えば、心筋梗塞や大動脈瘤、糖尿病性ケトアシドーシスなど、生活習慣病に起因する重篤な病気によって引き起こされる急性腹症を防ぐには、バランスの良い食事や適度な運動を習慣づけ、高血圧・糖尿病・高コレステロール血症などをしっかり治療・コントロールしておくことが有効です。
これにより動脈硬化の進行を抑え、心臓や血管の重大な発作のリスクを減らすことが期待できます。
また、胃腸への負担を減らす生活も予防に役立ちます。
暴飲暴食や過度の飲酒・喫煙を避けることで、胃潰瘍の悪化や急性膵炎の発症リスクを下げることができます。
普段から規則正しい食生活を心がけ、ストレスを溜めすぎないようにすることも大切です。
予防が難しい急性の病気(虫垂炎や卵巣の捻転など)については、早期発見・早期治療こそが重症化を防ぐ最大のポイントになります。
異変を感じたら放置せず早めに医療機関を受診することが、結果的に大事に至らないための予防策と言えます。